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新年は強制的に「変化」を感じさせてくれるいい機会だ

今週のお題「2017年にやりたいこと」

2016年も残りわずか。
この時期になると「今年の振り返り」「来年の抱負」のような記事がよく見られる。
書いている人の状況はもちろんそれぞれ違うのだが、共通しているのが「未来に対して肯定的」ということである。

顧みるのは変化するため。
完璧にできなくても、少しずつ変化していけば気付けば思いの外遠くまで進んでいるものだ。
新年はそういう「変化」のきっかけをくれる。

変化しようという気概のある文章はいい。
もちろん実態はどうかはわからないが、文章から伝わる熱意に触発されるのだ。
仕事の都合上、不満を棚ぼたが解消してくれることをただ待ち続けるような人と関わることを避けきれず、意思がだいぶ削がれてしまった。*1
「できない(得られない)ままでいること」を否定はしないが、その状況に抗おうとしない人に愚痴を聞かされるのが常態化するのは、心底御免被りたいものである。
そんなわけで憂鬱な感覚になってしまったのだが、この時期のブログはそれを一掃してくれるような希望に満ちた言葉をいたるところで見られて、読むのが楽しい。

年が明けてやり始めても、三日坊主になってしまうこともあるだろう。
人間には恒常性維持の傾向があるから、むしろその方が多いのかもしれない。
だが、始めただけでも立派に一歩前進している。止まることがあっても少しずつ進めばいいのだ。

さて、今年の自分はどうだっただろう。
嬉しいことも楽しいことも、腹を立てたことも悲しくなったこともあった。
そこから何を見出して、どうやって次に繋げればいいだろう。
ブログは人のためだけに書くものではないが、自分が何か行動したことを記事にして、それが誰かのきっかけになれば素晴らしいことだと思うし、来年はそういうスタンスで行きたいと思っている。
ただそれをやるためには自分の書き方を変化させないといけないかもしれない。
もうちょっと脳内の整理と行動の仕組化が必要だなーと思う、年末の午後である。

*1:極力避けたのだが、避ければ避けるほど寄ってくる、あの性質は一体何なんだろう。かといって肯定して仲間だと思われることはもっと避けたい。難儀だ。