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場当たり的な搾取は自分と他人の未来を奪う

所感

久々の更新だが、今日の記事は半ばグチである。
自分が直接何かされたわけではないのだが、搾取されているのを目の当たりにするとどうにもモヤモヤする。
電通の件もあって、余計に気になっている。

結果を出せ、ただしやり方は教えない

先日こんなことがあった。
上長が「今日中にこれを仕上げて」という指示を出したのだが、うまくいかなくて部下が行き詰まる。
部下の方はその上長を含めた色々な人に聞いて回ったにもかかわらず、誰もきちんと教えてくれない。
他部署の人で普段はそこまで関わりがないのだが、困って私に助けを求めてきたようである。
私も色々立て込んでいてあまり時間は割けない。
が、業務の合間にうまくいかない箇所を指摘し、改善策を教えることで何とかその日のうちに終わらせることができた。
こんなことが立て続けに2件。

部下の方にも問題はある。
仕事中に(しかも進捗ダメな状況で)平気でスマホをいじる。
できる人にすぐ丸投げする(さらに「面倒くさい」というのを憚らない)。
教える側が嫌になるのもわからないではない。

だからと言って、ヘルプを求められたのを突っぱねておきながら結果だけは要求する、こういう無茶ぶりがいいというわけではないだろう。
私が教えたらできたのだから、能力がないわけではない。
偏に教える側の怠慢である。

「自分絶対」な人は連携ができない

「人を育てられる人」というのは、実はものすごく限られている。
にもかかわらず、その業務ができれば誰でもいいとされているのが実情である。

「人を育てられない人」は、えてして「自分のことしか考えられない人」だ。
自分が目先の成果をあげることしか見ていないから、技術の継承に力を使わない。
自分の視点が絶対で、他者の価値観を受け入れない。
搾取していることにも気付いていない。
こういう人は、人材育成どころか通常の業務指示を出すことですらままならない。

どんな仕事であれ、人対人である以上はコミュニケーション能力は必須である。
いかに個々の能力が高くとも、複数人の連携にはかなわない。
そういう視点があれば、少なくとも前述のような対応にはならないと思うのだがどうだろう。*1

場当たり的な搾取は自分と他人の未来を奪う

その場を凌ぐためだけに他人から搾取することは、関わるものすべての未来を奪う。
人材が育成されない、技術が継承されない。
結果として数年後には思うような成果が上がらない事態となる。

勝手に育つ逸材などそうそういないから、誰かが労力を割くことで育てていくしかない。
人的資源は何よりも優先して確保すべきなのに、大半の企業が人件費をまず減らしていく。
そして安い労働力でその場を凌ぐ。その先どうなるかは自ずとわかるだろう。

次世代に何かを継いでもらうことを考えたい

私が長期的に誰かを教育するという機会はおそらくしばらくはないだろう。
だが助けを求められるのは日常茶飯事である。
そういうとき、惜しまず手を出せるままでいたいと思っている。

よく「何でも背負っちゃいかんよ」と言われる*2
確かに人の分の重荷を肩代わりすることはないというのには同意するが、それが手を貸さないことを意味するわけではない。
他人のために労力を割くのは損、こういう風潮らしい。
が、果たしてそうだろうか?
そうやって力を貸すことで仲良くなって、自分が困った時に想定外に助けてもらえたりする。
他部署の偉い方に会った時、「あの時はうちの○○がお世話になって」みたいな話になって、優遇してくれたりもするのだ。

何より、カッコ悪いではないか、そういう生き方は。
見栄っ張りと言われればそれまでだが。
自分の人生を楽しみつつ、何かを継承することや次世代を育てることを考えたい。
生きることに意味などいらないが、それができたらより一層心残りなく世を去れるのかもしれない。

*1:この部下の方のスルースキルが素晴らしくてそこまで問題にならずに済んでいるが、私ならとっくに辞めるかキレている。

*2:この言の真意は「他の人の仕事をやってる暇があったら俺の仕事やって」である。本当にタチが悪い。