読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

インプットとアウトプットのバランス大事!

所感

仕事しすぎかな。定義とかそういうの気になって文字数多めな堅い記事になっちゃう。
そんなの休日に読んでも書いても楽しくないだろ!!
そんなわけで、今日の記事はツイッターのノリで、ゆるっとふわっと書こうと思います。うぇーい!

インプット過剰な毎日

生きていれば毎日何かしら受け取ることになる。
情報、知識、もの、感情、エネルギー。
それがどんなものであれ、自分や自分の場所が何かをうけとれば、それは「インプット」なんじゃないかと思う。

インプットされるものをある程度フィルタリングできればいいんだけど、残念ながらそううまくはいかない。
多分、その人が常識的であればあるほど切り捨てられないのではないかな。
私は割とざっくり、自分が嫌だと感じるものからはうまいこと逃げることにしてる。
会うたびにグチばっかだとか、上から目線で話してくるようなやつだとか、自分の時間割いて付き合う必要ないよね。
そうは言っても仕事上付き合わなければならない人もいるし、私自身もこのルールを徹底はできてないけど。

感情のアウトプットがなかなかできない

インプット過剰な上に、アウトプットの機会はものすごく少ない。
感情とか精神的なものが特に。
なぜ少ないかといえば、私には友達や恋人がいないからである(笑)
要は「甘えられる人間関係」が今は皆無なのだ、マジで。

知識や情報を他者に伝えるというような、「仕事的な」アウトプットはアホみたいにしている(ただし追いついてはいない)。
だが「個人的な」アウトプットは、たまにツイッターでグチっているくらいである。
本当は色々あるのだ、嬉しいことも楽しいことも嫌なことも悲しいことも。
別にそれを書いたっていい。
何せこのブログのタイトルは「がちゃまにあ日報」だ、日々あったことを書く雑記ブログで何の問題もない。

が、リアルにも甘えられる関係性の人は欲しいよねえ。

頼られるのもどうかと思うね

どうしてどこに行っても頼られる存在になってしまうのか。
「なんでもやれるようになる」ことが肯定的に評価されている。
自分は割とそうなりつつあるけど、だからって頼られぱなしで持つかよバーカバーカ!(こどもか)
公私どっちでもあるけど、何で個々の能力を出して共闘って選択ができないのか…他者のリソース借り続けてどうするんだっての。

とはいえ私も全く頼らないわけではないし、頼られたことの「対価」を受け取ることもある。
例えば今日なんか、ちょっとした作業のお礼に野菜をもらった。
トマトにナスに、ピーマンにインゲン。夏野菜万歳!( ´ ▽ ` )
そんなわけで今日の夕飯は夏野菜カレー一択だ。
鶏肉を買ってきて、圧力鍋様に働いてもらうことに決めている。

「頼られる=能力の搾取」そんな邪推はいくらでもできるけど、「頼られる=信頼の証」そう捉えておくのが色々平和かな、うん。
だけどやはり限度ってのはあるから、この辺は自衛しないとダメなのか。
そういうところ気遣いできない、そもそもそういう人を相手にしないっててもあるが…。

あー、一度死にそうな顔で仕事してみようかな。
コンシーラーでクマ隠すのやめてチーク入れなかったら確実に病人顔。やってみるか(笑)

もののアウトプットも大事

もののアウトプット、これは「家(や自分の管轄の場所)からものを出す」ということ。
捨てたり売ったりあげたり。方法は色々。
これもついインプット過剰になりがちなので、定期的に断捨離しなきゃなーと思っている。
そうすることで、自分が大事にしたいものも見えてくると思うし。

特にうちの場合は製作素材系が多い。
これをうまく作品にしていかないとねえ。もったいないったら。
一度在庫確認しないとダメだなー。

日々は続く

どうせ毎日過ごすなら楽しい方がいいじゃないか。
自分が楽な方に舵を切るのは、必ずしも甘えではないし、だいたい甘えちゃいかんなんてこともないはずだ(甘えっぱなしはいかん気がするが)。
そんなわけで、きちんと吐き出すことを意識しようかなーと思います!

↑ なんか羽っぽくないですか!!