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人生に起こる全てを1人で背負うことはないよね

最近、困り事が起こったり手が回らないような状況になった時に、すごくナチュラルに手助けしてもらえるようになった。
何が変わったか?って考えたら、「全部自分で背負わなくてもいいなー」と思うようになったことかもなーと。
環境とか他人とかに自分の人生の責任を押し付ける、いわゆる「他責」とはちょっとちがうのよな。
自分のやることと認識しつつ、力を借りる。
助けられてるのに無自覚だっただけってのもあるだろうけど、甘えてるって意識を持って頼りに行けるようになった。

持ちつ持たれつ

今日は気付いたらいろんな人が助けに来てくれてた。
特に何も声かけてないんだけど、1人集まり、2人集まり…結局私、ほとんど何もしてない。いいんか?(笑)
やったことと言えば、ダメ押しで裏を取ることくらいか。楽させてもらったなあ。
ついでに新たな境地にも連れてってもらった感。手持ちの武器が増えた気がする。

逆に私が助けていることもたくさんある。
そんな大したことはしてないし、もしかするとお節介なのかもだけど、何でも素直に受け取ってもらえるのはとても嬉しい。
どうも「行動力」ってのが自分の売りらしいと最近気付いた。
「冷静」とかも言われるな。それは昔から。
自分では得意とか優れてるとか思っていないところが案外重宝されている感じ。

年上の方々にとてつもなくかわいがってもらってるし、年下はラフにしゃべってくれる。
そりゃあたまには腹立つこともされますが(笑)
(ツイッターで「むかつくわー!」とかダダ漏れさせるくらいには)
そんな時はあっても、基本大事にされてんなーと感じます。
ありがたやありがたや。

任せることは他責にすることではないよね

「他責」ってのは一体何なんだろう?と考えたら、「自分の人生の決定権を放棄すること」なんて言葉が思い浮かんだ。
あいつのせいで俺は…とか、社会が悪いとか、そういう恨み節は日々聞くに困らない。

人間である以上そういう感情が湧くのは仕方がない。
だからと言って、それを諦める理由にするのはちと違う気がする。

努力すれば何でも叶うわけではないのも、運の要素も少なからず影響するってのもわかるんだけど。
でも、「そういう状況だからやらない(できないと言い換えられてること多いね)」と結論付けたのは自分だからな。
だから他責ってのはやっぱり「人生の決定権の放棄」なんじゃないのかなーと思う。

じゃあ何でも自分でやるのが良いのか?
私は長く「人に迷惑をかけずに自分のことは自分でするのがいい、甘えるのは良くない」とか思ってたけど、そんなことなかった。
むしろガンガン人を頼ったらいい。
その代わり、助けられる時は率先して。
結果に対する責任を自分が負う限り、他者のリソースを借りても「人生の主人公」の役でいられるのではないかな?
無論ずっと頼りっぱなしはいかんし、逆に頼られっぱなしもいかん。
頼りっぱなしは労力の搾取、頼られっぱなしは機会の搾取。
どっちの属性であっても極端なのはいかんね。

そんなことを思った週明け初日の昼休み。