手作りの方ブログ更新しました、がちゃまにあですどーもこんにちは。
【WEB手作り教室】1時間でできる消しゴムはんこの作り方 1/2 - がちゃまにあ制作部屋
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ブログに何書こうって、誰しもが一度は考えると思うんです。
笑いを取れるようなネタなんてそうそう降臨しないし、レビューとかも毎日は大変。
日常ネタも身バレ怖いしなあ、とか(私結構書いてるけど)。
冒頭に紹介した消しゴムはんこの作り方、こういうのは今まであえて書かなかったんですよね。
だって他にもやり方解説してくれているブログたくさんあるし。
日常的にやってる他のことも、そのほとんどを公開していない。
あまりに私の中で当たり前すぎて、こんなの別に書く程でもないなあと思って流してたんですが。
でも昨日ふと「どうせなら私流のやり方とか書いてったら、色々幸せなんじゃないか?と」思いまして。
そんな思い付きについて考えて見ます。
「場所を取る」「デジタル化しない」ことの圧倒的な存在感
実は先日、この記事で紹介されている「ホンツヅキ」に足を運びまして。
たまたまローカル誌の編集者さん3名のお話を聞くことができたんですが、その時に「紙の存在感」についてしゃべってたんですよね。
電子書籍は確かに便利だけど、紙の手触り、本の存在感、こういうものを「いいな」と思う人がいる限り、本は消えない、と*1。
絶版になった本の記事をPDF化して欲しいと言われることもあるらしいんですが、資料的にはその方が正しいのかもしれないけど、やはり「本」としての存在感を大切にしたいのでやらないんだそうです。
電子書籍って確かに場所を取らない合理的なものではあるんだけど、あくまで「活字の集合体」で「本」ではない気がします。
本に触りたい衝動までは満たせない。
私も、実用書とかは電子書籍でいいけど、漫画は漫画本で読みたいもんなあ(笑)
読むことが楽しみであればあるほど「本」という媒体にこだわるのかも。
話を聞いて、同じようなことを手作りに関しても思ったわけです。
「簡単にコピーできない」ことの、ものすごい強みというかなんというか。
既製品*2のように、工場で量産できないものの、存在としての強み。
物に対して愛情を持てる人ほど、存在感のある「もの」にこだわるのかなあ、と*3。
だから手作り品のマーケットが出てきたりする。
速さ、実用性、クオリティなんかを求めるならamazonさんとか楽天さんでいいのに。
効率だけじゃないんだよねえ、人生って。
今更か。
と、こんなこと書いてあれですが、私自身は「物への愛情」なんてあまり考えたことはないです(笑)
自分で、自分が気に入るように作るのがあまりにも当たり前すぎて。
実用性重視で買ったものも(最近だとサーフボードとかギターとか)、物の良し悪しにかかわらず、結局好きになっちゃってるんですよねー。
気に入らなかったら、値段にかかわらず捨てちゃう*4(笑)
そういう意味では、他の人よりものに対するこだわりは強いのかも。
当たり前は当たり前じゃない
私が当たり前にやってる手作り。
でもこの「世界に1個しかない、(厳密な意味で)自分だけしか作れない」ことって、私が想像するよりずっとすごいことなんじゃないだろうか。
だから私が普段やってることをオープンにするのは、もしかすると色々な幸せのきっかけになるんじゃないかと思ったりしたわけです。
何だか大儀掲げてるみたいで、我ながらちょっと胡散臭い(笑)
多分みんな「当たり前」にやってることってあると思うんだよなあ。
それがすごいことだっていうことに、本人が気付いていない。
私も今は手作り系が多いけど、他にも猫に懐かれる方法とか植物の育て方とか、空中逆上がりのやり方とか(笑)、まあ叩けば山ほど出てくるんですよね。
「記事を書くために勉強する」より、そういうの記事にしたほうがいいんじゃ?と思ったり*5。
PV稼げるかは知らんけどね(笑)
さあ、わけわかんなくなってきたのでそろそろ終わりますが、とりあえず言いたいのは、
「当たり前って流してることこそ、みんなが見たいものだったりするかもよ?」
ってことです。
当たり前すぎて、記事書くの億劫だったりするかもだけど(笑)
こんなメモ作りとかも自分の中じゃ普通すぎて今まで流してたけど、今度記事にしてみます。
手作り系はこっちのブログに書くよ!
では、サーフィンいってきますヽ(´ー`)ノ